イスラエル人のダルビッシュ

おっと、レンジャーズの豪腕ピッチャーとは何の関係もありませんよ。


アルジャジーラでドキュメンタリー制作をやっているYelda Yanat Kapkınという友人がいます。
嫁さんの同級生で、僕たちの結婚式の時の仲人さん、というか証人さん。
しょっちゅうトルコ国内外を飛び回っていて、イスタンブルに戻ると真っ先に自宅にやって来て
いろんな場所の面白おかしな話を聞かせてくれる、僕らふたりのお姉さん的な女性です。

彼女が撮った「The Israeli Dervish」というドキュメンタリーが今、Al Jazeeraで放送されています。
下記リンクの、Al Jazeera English のページでも視聴することができます。
www.aljazeera.com/programmes/aljazeeraworld...
※動画の画質がデフォルトでAUTOになっているので、右下でHDに変換してご覧になってください。


ーダルビッシュ(“デルヴィシュ”の方が原音に近いかな)

この言葉、実はイスラム世界ではスーフィズム(イスラム神秘主義)の修道僧という意味をもちます。
へぇ〜って思った?今週の飲み会で野球好きのお友達に教えてあげましょう。

しかしスーフィズムとはなんぞや?
トルコのガイドブックを開けば、白い衣装をまとった男がくるくる回っている写真ありますね。
そう、あれに関係があります。

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これが具体的にどういったものかというのは話が深くなるから置いておきます。(実は深く説明できない...)
興味のある方は“メヴラーナ”で検索してグーグル先生に教えてもらいましょう。

さて、ドキュメンタリーのタイトル「The Israeli Dervish」
訳すと「イスラエル人のダルビッシュ」
言い方を変えれば「ユダヤ教徒のスーフィズム修道僧」となりますね。
あれっ、そんなのありなの・・・?

ユダヤとイスラム。
根幹は同じ神を信じる宗教なのに(むしろ同じだからこそ?)反目し合うこのふたつの宗教。
今更説明するまでもないでしょう。

どうやったらお互いを認め合うことができるのか。
歴史と現実を見る限り、答えは簡単ではありません。


このドキュメンタリーで友人が撮影したもの、それはあるユダヤ人の修道の記録でした。

イスラエルに住むユダヤ人、ホロコーストの生き残りの子であり中東戦争の元兵士の男性が、
精神的な自我を探し求めた先にメヴラーナの言葉に答えを見つけ(改宗したわけではありません)
トルコのコンヤで「ユダヤ教徒として」スーフィズムの祈りに参加する...


要約して文章にするとたった三行なのですが。
うまく説明できないけど・・・たぶんとてもセンセーショナルなことなんです。

このドキュメンタリー、アルジャジーラでの友人の初仕事だったのにもかかわらず
英語版として全世界に放送され、賛美に共感、問題提起と色々な反響を呼んでいるということ。

ユダヤ教とイスラム教という垣根(たとえスーフィズムが異端だと目されていようと)
それを精神的に乗り越えるということ、矛盾をしないということ、
ユダヤとイスラムの共存のひとつの指針になりえたら・・・、そんなことを考えてしまう44分です。
まあクリスマスを祝って大晦日にお寺で鐘を打って元旦に神社参りをする僕らには縁がない話ですが。


イスラエルとコンヤでの取材の苦労話や笑い話も面白かった。
イスラエルでの取材が大変かと思いきや、友人が女性ということでコンヤの方が
何かと気苦労を感じたとのこと。そこはやっぱり異端と言えどもイスラム教ですね・・・。

38:40過ぎから始まるズィキルとセマーという祈り、ユダヤ教徒が参加したのはもちろんのこと、
この部屋にビデオカメラが入ったのも女性が入ったのも今回が初めてのことだったようです。
迫力ある映像、ぜひご覧になってください。

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イエスが生まれ育ったナザレで、ユダヤ人の人々がスーフィズムについて語り合う、
そんな光景があることをこのドキュメンタリーは教えてくれます。。。
そう、彼らは同じ神を信じているんですもんね。




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by teppeiyama | 2012-05-22 07:26 | 日常生活 | Comments(0)